知的な障害は子育てに影響を与えるか、と言われても

4月から先日まで、演習で知的障害がある親の子育て支援関係の論文をずっと読んでいた。日本語がないので英語を読まざるを得ない。ほんとうは逐一各論文を紹介できればよいのでしょうが、そんな余裕もない。いずれレビュー論文は書きたいと思っている。今年度中目標。*1


関連ページはこちら。
知的障害のある親の子育て支援(mnagawa's HP)


中にはたいへん興味深いものもあり、それらも可能ならばコメントして紹介したい。ただし今回は、どちらかというとうーんと唸ってしまったほうを出す。*2
 
Booth,T. and Booth,W.(2000): Against the Odds: Growing Up With Parents Who Have Learning Difficulties. Mental Retardation, 38(1),1-14.*3


著者はBooth夫妻(Tim Booth and Wendy Booth)。70年代くらいからこのテーマに関わっているのではないか。
論文はタイトルにもあるように、大方の見方に抗して知的な障害はほんとうに子育てに悪影響を与えるのか?を調べようと試みた、というところ。
大きくなった子どもたちにインタビューし、これに基づいて分析という段取り。

いじめられた子もいれば、そうでない子どももいる。
警察の厄介になった子もいれば、college まで進学した子もいる。
親からの被虐経験は、約半数。
云々。

これらから著者らは、知的障害のある親は子育てに悪い影響を与えるとの一般認識は正しくなく、けっこう上手く行っている、との主張に至っている。
 
いや、ほんとにそれでいいか?

少なくとも、被虐経験をインタビュイーの半数が持っていて、警察沙汰になっている人も30人中11人とかで、それで問題ないとは言い切れないのではないか。
データをフェアに見るのであれば、ひとまず、大丈夫だよと簡単に主張するのは避けた方が良いのでは。
ただし、そんな言われるほど悪くはないよと言いたいのであれば、方法はあるかもしれない。もう少し丹念にデータを整理して、それぞれの育ち方があり、相応に成長しているし家族関係を形成しているとの指摘をすることは可能かもしれないと思う。しかしそれにしては、主張が強すぎるし、証拠提示も不十分だというのが、私の本論文に対する感想。
雑誌論文で定性的データの提示は難しいとの弁明もあるが、本論の問題はそういうのとはちょっと違う気がする。


Booth夫妻は、障害のある親の子育てに関して古くから研究と実践を積み重ねてきた、いわばパイオニアであり第一人者だ。彼らの業績は英国政府に課題の存在を認めさせ、英国知的障害者白書にサポートの必要性を記述させるに至らしめた原動力のひとつであったと思う(他の関係者や当事者団体の動きも当然にあったにせよ)(この点は文末に付記したので併せて読んでください)。でも彼らの論文を読んでいると、主張が(データの割には)言い過ぎで、若干割り引いておいたほうがよいと感じることがあるのも否定できない。
すごい人たちだったんだよなという気持ちは変わっていないけど。


彼らはこの調査をさらに発展させて、同様の主旨で本を作っている。こちらにはもっとインタビュー結果を十分に活かした展開をしているかもしれない。

知的障害のある親の子ども、その成長後(に関する本)(misc., 2007/07/25)


定性的データの取り扱いという点から見ても、もうちょっとやりようがあったのではないかという気もするのだけれど、長くなるのでそちらには展開しない。
もうひとつの話に移る。
 
著者らは、親に知的障害があると子育てに悪い影響が出るかどうかという議論の立て方をしている。そしてインタビュー結果を検討している。
しかし、単純に知的障害が彼らの子育ての結果に反映されているとするのは、もう少し慎重になった方がよいのではないか。例えば軽度ではなく、ボーダーラインの人や必ずしも知的障害の枠に入らない人たちであっても、同様に子育てにトラブルを生じ、影響が出ていることもあるだろう。子育ての結果には、いろんな要素が関わっているのだと思う。
知的障害が子育てに影響していないとは言わない。しているだろう。ただし、どのように影響しているのかはもっと複合的に考えた方がよい。あるいはシンプルに知的障害の影響を知りたいのであれば、たとえば偏相関を差し引くような話ができた方がよいはず。とはいえパス図を作れるほどに調査対象者が多く集められるわけはないし、仮説となりうる変数間関係はまだ明確ではない。だから今のところは定性的データを使いつつも、周辺他要因を考慮するような慎重な議論が必要ではないかと思ったりもする。

…書きながら、そりゃ難しいわと思ったりもするけど。
うーむ、最後はぐちゃぐちゃになったな。この文章は未完成原稿ということでお願いします。
 

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【付記】
Booth夫妻ほか英国の方々が知的障害のある親の子育て支援について積極的に関わろうとしている背景や、英国知的障害者白書(Valueing People 2001)については以前に記した。
英国等の parenting を支える背景(その1)(misc., 2007/06/03)
英国等の parenting を支える背景(その2)(misc., 2007/06/04)
Valueing People 2001(英国知的障害者白書)(その1)(misc., 2007/05/16)
Valueing People 2001(英国知的障害者白書)(その2)(misc., 2007/05/17)


※知的障害のある親の子育て支援に関するまとめサイトは下記まで。
http://homepage3.nifty.com/mnagawa/#parenting(知的障害のある親の子育て支援

*1:他の情報についてはひとまず本記事末尾のサイトをご参照いただきたい。

*2:ここへのアクセスが多いので、どうしたものかと。もっと良い論文もあるので、急ぎ他の論文紹介をやったほうがよいのかもしれない;追記

*3:英国では知的障害を learning difficultiy / disability と記載するので留意されたい。いわゆる日本の学習障害などについては、specific learning difficultiy あるいは dislexia などの言葉をあてる。