シンポジウム企画終了

先日来広報し、新聞記事ほかも書いてもらい、準備に関わってきたシンポジウムが、昨日11/22に行われた。200席と想定していた会場にかなりの椅子席を用意してもらってもなおお断りせざるを得ない方がいらっしゃった。せっかく関心を持っていただきながら入っていただけなかった方には申し訳ありませんでした。


客観的な視点を持てないので何とも言えないが、伝え聞くところでは好評だったらしい。大成功でしたねと仲間が声をかけてくる。事務局長を初めとする皆さんのご尽力により円滑に進められたことに感謝。
それから長時間企画でお疲れになった参加者の皆さんにも、どうもお疲れ様でした。お腹いっぱいすぎて帰られたかも。

当日の様子について、GAMIさんが写真とともに報告しているので併せてご覧いただきたい。


午前中の登壇者の発言は、ちょっと玄人向けというか、深いところぐさりと効いてくる指摘の数々だった。知人の司法書士さんが、考えさせられたと言っていた。
いっぽう午後に登壇された方々は期待通りに活躍し、発言し、あるいは司会にいじられて応酬した。カリスマ的なキャラクターもいたし決めゼリフも持っている人たちだから、やはり映える。そして心に残る発言にいろいろ考えさせられもしただろう*1。だからそれは良かった。企画した者としても、まずもって満足するところだ。

と思いつつ、でもこんな方向の企画で良かったのかな、との思いもどこかで残る。


後見制度が後見人に丸投げできる制度ではない(してはいけない)ことは良く指摘された。
後見をつけてそれで完了と思っていたが、“後見をつけて社会に出て行く”というシンポジストの言葉に、これこそ後見の力なんだなあと感想を口にした人がいた。
「親亡き後」は理解しつつも、でも今のうちにすべきことを為して死ぬようにすべきとか、
親が思うほど子は親がいなくなった後のことを心配していないとか(むしろ楽しみにされていたりとか)、そういう話は分かりやすくて面白かった。*2

でも他所の自慢をされたり課題を指摘されたり楽しかっただけで終わってもしょうがないわけで、例えば千葉としてどこまでやれるか、よしこれから(も)やっていこうとの気持ちが参加者に届いたのだろうか。


コミュニティフレンドや親の為すべきこととしての“引き継ぎ”などの話は最後のシンポジウムで取り上げた。だから何かは伝わったと思うけど、自分で司会していたから、どこまで上手く伝えられたか、受け手側の目がないので分からない。はなはだ心許ない。というか、あまり上手ではなかったかなーという気もする。


反省を込めて言えば、華やかな話はされたけど千葉県でどうするのかはきちんと見えるまでに深められなかったのではないかという気はするし、コミュニティフレンドについても胸を張って提唱できたかどうか、そうでもないんじゃないのか。閉会後の語らいや懇親会の中ではも大して話題にならなかった気もするし。

この点は、別途進めている厚労省研究(CF研究会)や、これから展開するリクルート活動・研修活動の中で進めていくしかない。


別に斜めとか否定的に見たいわけではない。
もう終わったことだから、ぽんと少し遠くに放り投げて眺めてみて、そして次に次にと進まなければという感じだ。


あー、来週はまた学内で気を遣うイベントがあるなー。そっちに傾注しなくちゃ。

*1:その分、直後のシンポジウム司会担当であった私はやりにくいったら無かった…(^-^;;

*2:講演経験者には共感されると思うが、こういうわかりやすくて決まるセリフがあると、何ヶ月かは各所で使える。