「夏のあらし!」1〜5巻
前回は「夏のあらし!」アニメ版第5回放映分について、末端の視聴者らしく勝手に愚痴った。今回は原作について。*1
第1巻はこちら。2〜5巻は最後に載せておく。
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実は原作も、最初はまたというか(スクールランブルの作者だし)、ラブコメ的な路線でタイムリープを加えてドタバタを漫然と続けていくのかしらと思ってほとんど興味が沸かなかった。ところが第2巻くらいから次第にストーリーを深めてくるので、私は引きつけられて5巻までずっと読んでいくこととなった。
基本的にコメディなんだけど、前回書いたように軽すぎず重すぎず、そして登場人物が与えられた課題に前向きなところが良いなと。
どんな話なのかについては前回書いたから、それを再掲する。
(この段落ネタバレというか設定など紹介)
ヒロインのあらし(嵐山小夜子)やカヤを初めとする女性4名は、横浜大空襲時の爆風だか何だかが原因で(半分)しんでしまったようなのだが、同時に“存在エネルギー”のようなものを、“通じた”誰かから得ることによって夏の間だけ生身の人間のように振る舞うと同時に、タイムリープの能力も得ることとなる。*2
そうした設定に基づき、主人公たちが過去と現在を結んで、人の思いや気持ちを大切にしたり、あるいは遊んだりする話がこの作品の原作。
原作コミックス第5巻で主人公が「命短し 恋せよ乙女 紅き唇 褪せぬ間に」*3とのフレーズを語るが、ある意味象徴的かもしれない。昭和を舞台のひとつとすることによって、はからずも*4戦前の人々の気風などと現代を対比させることにもなっている。
(物語と設定紹介おわり)
加えて、横浜大空襲について検索すると次のようなページもある。「川崎・横浜大空襲の記録」のうちたとえば「東神奈川駅」のページを見ると、漫画でも描かれる焼夷弾の大きさが“直径12cm、長さ80cmほどの八角柱”であったことなどが書かれている。そしてそれらが雨のようにざーっと音を立てて降ってきて、そして辺り一面を火の海にすることなども(ざーっという音は、漫画原作の中でも印象的だ)。
さて、それで少し気付いたことなど書いていく。
タイムパラドックスの落ち着かせかた
空襲のことを扱う以上、人は亡くなる。主人公のあらしはこれを何とかして救いたいと思いタイムリープを繰り返している。その際に懸念されるタイムパラドックスについては、「あらしがとんだ結果として現在が構成されており、八坂一(やさかはじめ)たちはその世界に生きている」「だからあらしがとんでいることは、現在の世界につなぐための必然である」との説明を付けている。真面目にタイムパラドックスを考えるととても難しいことになるのだから、本作でこれくらいにまとめているのは物語の進行としては良いんじゃないかと思う。そういえばやはりタイムリープものである「時をかける少女」(細田守版)でもあれこれ突っ込みどころはあるらしいんだけど、しかしまったく矛盾無くタイムマシンを作るのが困難である以上、ハードSFでも無い限りはどこかで落ち着かせるのが良いわけで。
(時間旅行を突き詰めるとどうなるかは、例えばこの本なんか読むべきなのかも。)
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「しんでいる」をひらがなで書く作者
本作ではあまり戦争それ自体にテーマを突き刺すことはしない。作者も取材はそれなりにしているようだが、時代考証などはそこそこで留めている。戦争漫画にしたいのではなく、当初のネタを展開するための設定として取り扱っているからなのだろう。私はそれくらいで了解している。
作者が2回ほど「戦時の横浜の風景がとても日常的に違和感なく自然である」のようなことを登場人物に言わせている(たしか、上賀茂潤と八坂一)。
『夕凪の街 桜の国』『この世界の片隅に』などこうの史代の作品は、このような当時の日常感覚を暖かく描きつつ、これのすぐ傍らに居座る戦争の悲しさを静かに提示する手法を採る。小林尽の描き方もこれに似て私たちのそれとあまり変わりない日常としての戦時下なのだけれど、ただしたぶん描きたいテーマが戦争それ自体ではないために、必要以上に突っ込むことはしない。とはいえ、やよゐに防空壕から出るよう警告されても迷って迷ってためらっても出られない親子を辛さとともに読んだりはするのだけど。
作者は死という漢字を使わず、「しんでいる」とひらがなで書く。ちょっとした手法と見ることも出来るし、またスタンスの表明なのではないかと思われる。
上賀茂潤が実に面白いことについて
現代と昭和の対比や、女性の心情の説明者、そして少女と女性のあいだに揺らぐものとして上賀茂潤が置かれていることが、たいへん興味深く感じる。このキャラクターがあることで、いろんなギャップが浮き立ち、また記述できていると思われる場面が少なからずある。それであらしやカヤたちは自分の立場や心情を比較的無理せず語れるようになっているのではないか。だからこのキャラクターを置けたことで、本作はずいぶん成功できたんじゃないのかしらと、素人ながらにうがった見方をしてみたりする。
それから、上賀茂潤と対称的に八坂一が出てくるのも楽しい。この物語を読んでいると、男の子ってガキのまんま大きくなるんだなあと感じさせられる。それなりに成長はするにしてもね。当然ながらこの作品は八坂一の成長物語でもある。
命短し恋せよ乙女
あらしが第26話(原作コミックス、第5巻29ページ)で引用している。前回のエントリーでも書いたが、ある意味、本作にとって象徴的なフレーズなんじゃないかと思う。
あらしたちは何回も夏を生きてはいる*5が、いっぽうで彼女らの思いを他の人に伝えることにはためらいを覚えている。それは彼女らが今を次につなげない定めだからであるし、またあらしが言うように、激しい思いを持ってしまったら、それを狂おしいまでに抱いて生き続けなければならないとの怖さとして語られる(第29話、原作コミックス第5巻113ページ)。だから、ひと夏を一心に生きようと思いつつ、それと矛盾するかのように、踏み込めないでいる。
しかしどうやら第5巻から第6巻にかけてのエピソードで、その辺が少し解消されるらしい(現在は2009年4月発行の第5巻まで)。私は雑誌連載を読んでいないのでどうなるのかの答えは第6巻が発行されるまで待たなくちゃいけないんだが、しかし彼女らが精一杯自分の思いを生きることが出来るよう、期待している。その結果、たとえいろんな思いが“昇華”される結果になったとしても。
ところで、この「命短し恋せよ乙女」というフレーズの出典である「ゴンドラの唄」について書き記しておく。
少し調べたところでは、もともと芸術座の『その前夜』という劇でゴンドラの少年船頭が歌う劇中歌として発表されたものであるが、その後に黒澤明監督の映画『生きる』で主人公がブランコに乗りながら歌うシーンでさらに有名になった。私もやはりそちらで知った。またアニオタ的には、「サクラ大戦4」で用いられた曲でもあるらしい。
最初だけ引く。
いのち短し 戀せよ 少女(をとめ)、
朱き唇 褪せぬ間に
熱き血液の冷えぬ間に
明日の月日のないものを。
もともとは乙女ではなく少女と書いていたのですね。知らなかった。
最近ではこの詩作(吉井勇氏作)がどこに依拠しているかなどが調べられてきているらしい。これについては塩野七生氏の説も有名なようなのだが、個人的には相沢直樹氏の論考が興味深いので紹介しておきたい(こういう研究をする仕事もいいなあなんて憧れたりする)。
また曲を聴きたい方は YouTube にもたくさんあるのでどうぞ。映画『生きる』の挿入歌がやはり良い。フルコーラス聞きたい人は、いろいろあるのでお試しを。私は加藤登紀子さんの曲がいちばん馴染んだので、これらを以下に引用しておく。ただしお登紀さんの歌と一緒に流れるこの映像がいったい何なのかについては私は分からない(まあこれはこれで興味深いですけど、主眼は唄ですから)。どなたかご存じでしたらお教えください。
「生きる」(1952)予告編
「ゴンドラの唄」(唄:加藤登紀子)
いずれにしても、私はこのフレーズを確認することで、いっそう「夏のあらし!」に思い入れをするようになったのでした。
次回は、アニメ版がOPを歌っている面影ラッキーホールについて、書けたら書く。予定は未定。
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